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ぐりおに的考察

こんばんわ
ぐりおにです

ことの始まりは、二番煎じさんの掲示板にあったこの発言
この話題を急きょ振られた分公さんの考察がこちら
これを受けた脱兎さんの考察が二番煎じHP6/9日の記事
こんな考察を見ててついついしてしまった発言がこちら
↑縦読みで「こ」の4連チャン

地雷ふんじまったぜ!!

というわけで、恥ずかしながら考察を書かせていただきたいと思います
お題は「科学技術と人間と人間の間の物理的距離と心と心の距離の関係」です

まずは目に見えるところからいきましょう
科学技術、についてです
今は昔と比べて通信技術が発達しました
日進月歩の勢いです
これによってもたらされたのは、「遠方間での情報交換の可能」です
一昔前までは近い距離でないとうまく会話もできませんでしたし、遠くなるにつれてタイムラグもでてきてまともに通信できていませんでした
しかし今では携帯でも世界各国にいる人とリアルタイムで話ができます
これは素晴らしい変化です

次に考えるのは人間と人間の物理的距離、です
これは上で述べたように遠方での情報交換が可能になったことにより以前より広くなってしまったと思われます
わざわざ近くに行く必要もなくなってしまったので広くなってしまうのは当然です
便利なものが欲しい、できる限り楽をしたい、その思いでハイテク化してきたのだから、動かなくてもよくなるというのは至極当然のことでしょう

最後に心と心の距離、についてですが
どこでも連絡が取れる、すぐに情報交換ができるという観点から近くなったと考えるのはまた違うような気もします
相手に何も言わずにわかってもらおうとするなんて都合がよすぎる、なんてドラマでよく聞きますが、そんな言葉よりもそれ以上に表情がものを言うと思うのです
目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものです
声だけでは伝わらない気持ちもあるのではないでしょうか
最近ではテレビ電話などもありますが、同じ感覚を共有してこその心の持ちようとかもあると俺は考えます
同じ風景を見てるからこそ、同じものを食べているからこそ持てる心の感情も見ていきたいのです
そうすると心の距離の多少は開いてしまうのではないかと思います

ただこんなことを書いていますが、自分でもそれはちょっとおかしいと思うところは多々あります
たとえば人間と人間の物理的距離では、いくら前より離れてしまっているとしても友達同士の距離は昔とあまり変わりません
昔も今も友達と話すときに肩を組める距離にいるのは事実です
恋人だって手をつなぐことができる距離にいます

心と心の距離にしても、
恋人達は愛を確かめ合ったりしますし、友達間では意見のすれ違いから喧嘩して、妥協点を見つけるなどして仲直りをすることだってあります
決してみんながみんな昔と比べて離れてしまったわけではないと思うのです

それでは、何が変わったのかといいますと、
人と出会ってからの距離が縮まるスピードが変わってしまったのではないかと考えました
以前と比べて遅くなってしまったのです
以前までの場合、たとえば物理的距離で言いますと
前:はじめまして→あの人いい感じだったな→よし、話に行こう
だったのが
今:はじめまして→あの人いい感じだったな→とりあえずメールしてみよう→やっぱりいい人だ!→よし、話に行こう
となってしまい、相手との距離が縮まるまでに前よりも多くの時間を使ってしまっているのではないかと思います
同じ理由で心の距離も縮まるのが遅くなってると思います
人と人の距離が縮まるのが遅くなってしまってるわけですから、心の距離が縮まるまでに時間がかかるのもあるいみ妥当です
前:たまにはあいつと遊びに行くかな→家まで行ってみよう
今:たまにはあいつと遊びに行くかな→それならまず連絡を取らないと→okの返事→家まで行ってみよう
となり、心の距離が縮まるイベントが起きるまでに時間を食ってしまうのです
相手に連絡してから遊びに行くというのは相手への配慮によるものですが、いうなれば
前はハイリスクハイリターン
今はローリスクロウリターン
なのだと思います
これは社会的な動きにも言えることではないでしょうか
以前の人に比べて最近の人間はリスクの回避をよくします
これは人と人の距離の間でも言えることだと思うのです

こう長い文章をつらつらと書いてきましたが、最終的に言いたいのは
「科学技術の発達により以前と比べて人間と人間の物理的距離は縮まるのが遅くなり、また心と心の距離はさらに縮まるのが遅くなった」ということです
一昔前と比べて結婚年齢が上昇してきているのもこれなら説明がつくと思います

さて、あまり綺麗にまとめることはできませんでしたが俺の考察、と呼べるほど高尚なものではありませんが、考え事はこんなもんで終わらせていただきます
脱兎さん、いかがでしょう?
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Comment

2009.06.15 Mon 22:48  |  

人間ってのはどうしても楽な方向に流される生き物なんですよね
現代文の授業でも習いました
「不確実な状況下で勇気を持って決断することは大事なことである」
安全な方、安全な方へばかり流されていては、いざというとき「決断」できなくなる ということらしいです(ちょっと違う話になってますが)

現代の人間の心は「もともとある人間の考え方」は昔と変わっておらず、
「技術が進歩したから変わってしまったように思ってしまう」だけだと俺は考えます
おそらく、昔と同じ境遇におけば当時と同じように戻るはずだと思います
(自分で何書いてるのかわからなくなってきた)

俺はぐりおにさんの考察も、分公さんの考察も納得できるんですよね




2009.06.15 Mon 23:32  |  

めもてふ
はじめまして→あの人いい感じだったな→でも、話しかけるにしても何を話せば→そもそも仲いいわけでもないし、話しかけるのに抵抗が→やっぱ、諦めよう
シャイ\(^0^)/ボーイ

そもそも、メアド交換にこぎつかないという

  • #CjlWd7YA
  • めもてふ
  • URL
  • Edit

2009.06.15 Mon 23:39  |  

文章にうなずきながら読ませてもらいました!
確かに毎日学校で会うのに、メールのやりとりの方が多い人もいますしね。
身近な人との速度ってのは遅くなっているかも知れませんね

でも分公とぐりおにさんのように、一生かかっても知り合えないかも知れない人と、急に関係を持てるようになったりするのも事実で、
昔と今ではさかさまになってしまたんだなぁと考えさせられました

2009.06.16 Tue 01:00  |  

ぐりおにさんの考察を読ませていただきました。
なるほどな、と開眼させられました。
僕のワガママを聞いてくださってありがとうございました。

僕の場合は、

はじめまして→あの人いい感じだったな→とりあえずメールしてみよう→やっぱりいい人だ!→よし、話に行こう→ジャーン! ジャーン!→げえっ!関羽!

  • #-
  • datto
  • URL

2009.06.16 Tue 11:53  |  

ヒマさん
あの人と友達になりたいな→まず、話しかけよう→だめだ、俺なんかがそんなことしたら相手に悪い→相手に嫌われたらどうしよう→嫌われるのいやだから諦めよう、おとなしくしていよう
アボーン。
ってかんじだったですね、昔は。
今は嫌われるとしてもそれが俺なんだと気づいてほしいですの一心で話しかけまくります。
嫌われるの以前に作り物の自分は捨てたいですね。作り物の関係にはなんの意味もないんだろうから。
と、努力を日々続けるヒマさんでした。

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