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八百万。

こなばんわ、ぐりおにです。


今回大変興味深いコメントをいただいたので紹介させていただきます。

普段から大変お世話になってます、
雨のにおい(http://kazuyayou.blog22.fc2.com/)のかずやゆう さんからいただいた、神様に関するetc.へのコメントです。
なるほどー!確かにそうですね!僕も思い浮かべたときは人の形でした!白いヒゲを生やしたおじいちゃんでしたね。面白いですね、神話・哲学。 天は人の上に人を作らずなんて言葉がありますけどそのお天道様は人の形なんだよなあ…なんて思ってしまいました。あ、神だからいいのか。

重要キーワード、「お天道様」をいただきました。
さて、神様に関するetc.の中で日本神話について触れていますが、日本神話は日本人の性質をもろに反映しています。
八百万の神、なんて言いますが、どうしてこんな言い方をするかと言いますと実際に半端ない数の神様がいるからです。
もう尋常じゃない。
日本神話における神様の生まれ方はほんの些細なことから生まれます。必ずしも人間が子をなす手順を踏んで子供を作るわけじゃありません。
例えば、神様がお風呂に入ります。
左目を洗いました。
目から落ちた穢れから子供が生まれました。
右目を洗いました。
また生まれました。
鼻を洗いました。
また生まれました。

神が転びました。
怪我した血から神が生まれました。
転ぶ原因になったものから神が生まれました。
直接怪我をさせたものから神が生まれました。

etc……

言い過ぎじゃなくこれぐらい生まれます。
何かすればそこから何柱もの神が生まれるのが日本神話。もちろん、他の神話でもこういう事例は多くあります。

では何故、こんなにも多くの神様が生まれることになったのでしょう。
こんなにも多くの神様を作らなければならなかった、当時の国民性とはどのようなものなのでしょうか。

アニミズム、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
生物・無機物問わず、全てのものに霊魂が宿るといった考えた方です。
昔々の日本はこのアニミズム思考が主流だったとされています。
今でも見かける物語に、ものを大事にしていたらそこから神様が生まれた、なんてありますね。これ、もろにアニミズムの影響を受けています。

少し話を戻しますが、みなさんは「お天道様」と聞いて何を思い浮かべましたか?




僕は太陽を思い浮かべました。
勝手なイメージですが、6割前後の方が思い浮かべたのではないでしょうか。
お天道様が見ている、と言われれば、いつでも上空にある太陽をイメージすると思います。
他にも、諺にある、「壁に耳あり障子に目あり」は、どこで誰が見ているか聞いているかわからないと言った意味ですが、大変アニミズムらしい言い回しだと思います。

何故、多くの神様を作らなければならなかったか、という疑問に対して自分なりに回答をするのならば、
「国民が生み出した想像上の霊魂全てに、加えてこれから生まれてくるであろう霊魂全てに名前をつけようとしたから」だと思います。
実際、生物・無機物どころか概念的なものにまで神様がいます。
そういったものに理由をつける為に、神様として意味を持たせたのではないでしょうか。
当然ですが、名ばかりの神様が大半です。エピソードがない神様なんてザラ。
国民に納得をしてもらえて、加えて信じてもらえて、かつ天皇が日本の頂上であることを当然だと思わせる(日本神話が作られた理由は実はこの為。天皇は神様の末裔ですよって言いたかった)
為にはここまでしなければならなかったのでしょう。


さてさて、どうでしたでしょうか。
最近は輪をかけて完全に僕個人の趣味でお話をしていますが、神話に興味を持っていただけたらなと思います。
もしこの神話を聞きたい! ってのがあれば、出来る限り期待に答えます。
また、今回のように興味深い単語や内容のコメントがあれば記事に反映させていただきますね。


それでは今日はここまで。
また次回。



ここからはコメント返信。コメントありがとうございます!!


神様に関するetc.
かずやゆう さん

>なるほどー!確かにそうですね!僕も思い浮かべたときは人の形でした!白いヒゲを生やしたおじいちゃんでしたね。面白いですね、神話・哲学。 天は人の上に人を作らずなんて言葉がありますけどそのお天道様は人の形なんだよなあ…なんて思ってしまいました。あ、神だからいいのか。

コメント引用させていただきました。本当にありがとうございます!
天は人の上に人は作らなかったけど、天の下に人間を作ったのかと思うと、何とも人間らしいというか傲慢というか。
みんながイメージする神様に名前つけるなら、十中八九「ゼウス」で問題ないような気がしますww
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神様に関するetc.

こなばんわ、ぐりおにです。

昨日神様のお話書いたら色々書きたいことが頭をぐるんぐるんと回り始めました。
大学に入ってから神話に触れる機会がありまして、いつの間にか神話の虜に。
とは言ってもほとんど中身は知らないんですけどね。調べることはできていません。昨日の記事にしたってほとんど我等がwiki先生に頼りながら書きました。オーディンだけ8割自分で書いた。
でも、神話だとか神様だとかの単語を聞いただけで反応する体に変わった今、機会さえあればたくさん調べてみたいと思っています。


さて、そんな神様ですが、神様ってのは謎が多いです。
そもそも神話が作られた経緯さえあやふやな物が多い。
そして種類も多い。
どれぐらいあるかっていうと、パッとあげるだけで
・日本神話(古事記・日本書紀)
・ギリシャ神話(旧約聖書)
・エジプト神話
・北欧神話
・新約聖書
・インド神話
etc...
有名なところではこんなものでしょうか。
なぜ聖書が入っているのかというと、聖書には物語が書かれており、その中で人間の進むべき道を教えているため、しっかり話として成立しているからです。キリストが出てくるのは新約聖書。

神話に興味を持ち始めたのは、ゲーム(ペルソナ4)の中に出てくるキャラクターがどこかで聞いたことがある名前ばかりで、こいつらは一体どんなモチーフから生まれたのだろう、と考えたのが最初でした。
そして調べ始めると出てくる出てくる、ゲームの中にいた関係ないだろうと思っていたキャラクターの名前が各神話の中でいろんな繋がり方をしました。
そしたらもう、早かったです。ゲームで名前ぐらいの知識はあったので頭の中にするするーっと入ってきました。

一番のめり込んだのは日本神話。
僕が神様が各国を統治していた時代の流れを全て読んだのは、まだ日本だけです。後はまだ勉強中。
日本神話で出てくるのは
・イザナギ
・イザナミ
・ツクヨミ
・アマテラスオオミカミ
・ヒノカグツチ
・ヤマタノオロチ
・スサノオ
・因幡の白兎
・コノハナサクヤヒメ
等々。もっともっとたくさんいます。
有名なのはここら辺だと思いますが、皆さんも一度は目にした事のある名前が多いんじゃないでしょうか。


しかし、今日の本題はここではありません。
神様について考えていきましょう。

みなさん、神様をイメージしてください。どんなのでもいいです。


できましたか?



皆さんが考えたのは多分、人間の形をしていたと思います。
実際、通念的に神様というのは人間の形をしているとされています。
中には隼だったり下半身は馬だったりしますが、その殆どは人間の形をしているでしょう。
ではなぜ、神様は人間の形をしているのでしょうか?

また、皆さんが思い描いた神様、きっと全知全能ですよね。完璧の権化。
そうです、これも通念的に、神様は完璧、完全です。
が、しかし、人間は不完全。何故不完全かというと、失敗をするからです。
記憶の欠如は顕著な例でしょう。世の全てのことを知ることはできないのも不完全さです。

そう、人間は不完全。でも、人間の形をしている神様は完全。
少し哲学的な話になりますが、デカルトは言いました。
「不完全な我々人間から完全を生み出すことは不可能である。何故ならば、不完全な我々人間が想像しても、そこに必ず不完全さが含まれるからだ。人間は自分自身を超えるものは想像できない。ならば何故、不完全な我々人間が、完全である神を想像できるのか。何故、神という存在を認知しているのか。それは先代の人間が実際に神を見たからである。」
デカルトはこんな論理で神様の存在証明をしました。たしかこんな感じ。めっちゃツッコミどころ満載ですけど、当時はこれが凄く持て囃されたらしいです。

さてさて、何故人間の形をしているのか、という話でした。
デカルトがなんと言おうと神様は空想から生まれたものというのが今の一般論です。
神話は英語でmythと訳されるのですが、このmyth、日本語訳にしたとき「神話」の他に「作り話」という訳もあります。酷い皮肉ですね。
というわけで神様は人間の想像の産物といった前提でお話をさせていただきます。

これは僕の独りよがりな意見ですが、当時の人々は、人間こそ自然界において頂点に立つ存在だと信じていたからだと思います。
神話が作られた目的は聖書のようなものが多く、物語の中から学び取った行動理念に従って動いて欲しいというのが一番多い理由です。基本的に神話を作るのはその国の頂点近くの人。
物語の中の人間が何か行動して、それに褒美を与えたり罰を与えるのは神様。
また、神様同士の諍いもあります。
絵としては、どれもこれも人間と人間の交流です。初めて読む時はどれが人間でどれが神様だと指摘されないとわかりません。
普通、何か悪いことをして罰を与えたり褒美を与えるのは上のものからです。
先日のオーディンの話に通ずるものがありますが、当時の人間が自分たちより上の動物的存在は無いとしていたから、人間を罰する・褒美を与えるのは同じく最高位の人間だとしたのだと思います。
しかしそれではいけない。人間が一番上だという認識で終わってしまったら、多くの人間が自分たちが一番上だーって騒ぎ出して暴動が起こるかもしれない。
だから、名目上「神」という新しい存在概念を生み出し、これを人間より上に位置づけたのでしょう。
それならば「何か悪いことしたら、神に罰せられる」と人々の心にブレーキをかけることができます。
この感じ、今もありますね。
「お天道様が見ている」だとか、「Oh My God」だとか。


この様な経緯で、神は人間の形になったのではないでしょうか。
皆様、なにか感じることがあったり自分なりの意見でかまいませんのでありましたら、お待ちしています。



そんな感じで今回はここまで。
また次回。




ここからコメント返信です。コメントありがとうございます!

福岡の食事事情 \.2より

かずやゆう さん
>ウホッ…これはいい鯛めし…!
天ぷらと味噌汁もついて890円…!安いっすね!さすがランチ!
大阪はジャンクフードな街だけど、こういうのってあるのかしら。
今度探して記事パクらせてもらいますね!w

もうじゃんじゃんパクッてください!
ジャンクフードばかりなイメージですので、ここから印象変えていきましょう。
大阪の上品なところ、待ってます。
京都にまけるな!!

コギト・エルゴ・スム

こなばんわ、ぐりおにです。

本日は木曜日、僕が一時限目から授業を受けねばならぬ大変悲しい曜日です。
でも早く帰れそうなのでそれはまあ許しましょう。
早くいって早く帰れる、これがどんなことより幸せなのかもしれません。
家で何をするか考えるとドキドキワクワクです。やらねばならないことを考えると不思議と動悸が落ち着いて気分も下降曲線。不思議だなぁ。

どうでもいいですけど今日のお昼は冷やし中華だな。そんな気分。

さて、大学と言いますと、入学した学部ごとに割り振られている専門科目の他に一般教養、パンキョーと呼ばれる単位も取得せねばなりません。
その中でも哲学をとっているのですが、これが大変面白い。
学べば学ぶほど疑問が出てきます。
デカルト、なんて個人名詞なら聞いたことあるかもしれませんね。
「我思う、故に我あり」で知られるデカルトさんです。
哲学は自分の事を、人間の精神の事を考える学問と思われがちですが、その起源は世界を理解する為に始まった学問です。
その世界を理解する為にはまずそれを捉える私たち人間を理解する必要がある、だから人間の事についてまず議論しよう、と言った感じです。

今やっているところは人間の精神と身体について。
少しだけお話をさせてもらうならば、
デカルトさんは精神と身体は別々に存在していて切り離しが可能。その上で、精神が優位にあり身体という物体を動かしている。心身二元論。
メルロー=ポンティは精神と身体はくっついてるくっついていないっていう二元論では考えられない。ついてる部分もあるしついてない部分もあるんじゃないか。
ってな具合。
みなさんはどう思いますか?

僕はデカルト派です。
精神と身体は切り離し可能だと思うんです。
言わばハードウェアとソフトウェアみたいなもの。
人間のアイデンティティはその各個人の思考法にあると考えています。
例えば君達自身が怪我したとします。
でも、気がつかない事がありますよね?
自分が怪我している事に気がつかない。
でも、それを視覚的に識別した途端、その箇所が痛くなってくるってことがあったと思います。
もし精神と肉体が融合しているならば、身体の欠損と痛覚は綺麗にリンクしているはずですのでどんな傷に対しても即座に痛みを返すはずです。
でも、見て初めて自分の経験として認めて、それでやっと痛みがくる。
これは精神と肉体との間にラグがあるからじゃないでしょうか。
うん、うまくいえた気はしないけど、こんな感じ。
きっと脳みそを誰かと交換したらどっちをその人と呼ぶかといえば、交換先だと思います。

よければみなさんのお考えをお聞かせください。
哲学って結構楽しいですよ!


それでは今日はここまで。
また次回。


コメント返信。コメントありがとうございます!

服の湿度98%。より
分公さん
>もちろん分公もびちゃびちゃです。 家から学校まで8キロ、高低差100mぐらいを毎日自転車で通ってるので毎朝公害レベルの汗と熱気で授業を受ける毎日です^q^

なんと……アグレッシブすぎる!
何故そんな修羅の道を行くのでしょうか……
夏場を幾度も乗り越えてきたなんて信じられない。死んでしまいます。
お互い周りに迷惑かけぬよう、今年もなんとかやり過ごしましょう……

おぉ、こわいこわい(ゆっくりてきな意味で)

こんばんわ
ぐりおにです

よく夜中に怖い話は聞きたくないといいます
無論、俺も夜中には聞きたくないです
しかしそれはなぜでしょうか?
怖がるからにはちゃんと理由があると思うのです

場合分けをしましょう。なんか数学みたい

1)幽霊を信じている人の場合
この人たちは言うまでもありませんね
夜、自分の視界がほとんど奪われた状態で出てくるのを恐れるからです
怖い話を聞かされたことにって幽霊の存在を再確認してしまう
だから普段は気にしてないのに、いざ寝ようとしたり暗い所で行動しようとすると「出るんじゃないか」と思い怖がるのでしょう
多分ですが

2-1)幽霊を信じていない人で、どちらかというとプラス思考の人
この人たちは多分恐れたりしません
自分がそうではないのではっきりとは言えませんが、幽霊なんていないでしょーって笑い飛ばせるタイプだと思います
羨ましいこと山のごとしです

2-2)幽霊を信じていない人で、どちらかというとマイナス思考の人
俺がこれに含まれます
俺自身幽霊は信じていませんし、神様とか目に見えないものは基本的に信じていません
しかし、夜になると話は違います
夢の中では何でもありというのはどんな人でもデフォルトでしょう
その中で自分のイメージした幽霊やらが出てくるのを恐れるのです
目に見えないものは信じていない、でも夢の中で出てくるのは怖いというタイプです
俺以外にもいると思います

よって、1)~2)より
幽霊を信じている人、または幽霊は信じていないがマイナス思考気味な人たちは幽霊を怖がり、その理由は
1)夜中にある程度視界が奪われている状態で襲われるのを恐れるため
2)自分の夢の中で出てくるのを恐れるため
であるといえるのではないでしょうか

結局何が言いたいかというと
東方キャラ以外の幽霊の概念は消えてしまえということです
ちびります

卵焼きとスクランブルエッグ

こんばんわ
ぐりおにです

今日の朝、久しぶりに食卓に卵焼きが並びました
いつもは俺の弁当ですべて使い切ってしまうのですが、なぜだか余ったとのことなのでお母さんが朝ごはんのおかずにと出したようです
いやぁ、いつもながら卵焼きはおいしい
甘めなのが大好きな俺は、うちの卵焼きを好きなものランキング上位に組み込んでいます

そしてその卵焼きと上位を競っているものにスクランブルエッグがあります
卵焼きが+御飯だとすると、こちらはどちらかというと+パンといった感じですかね
しかし、この卵焼きとスクランブルエッグの違いって、何でしょうか?

~卵焼きの簡単な作り方~
1、ボウル等に卵を割ります
2、塩や砂糖などを入れて攪拌します
3、熱し、油を引いたフライパンに攪拌した卵の半分程度を入れます
4、平べったく、焦げないように熱し、ある程度固まったら、フライパンの上部、または下部にくるくるっと巻いていきます
5、巻いてできたスペースに残りの卵を入れます
6、またある程度固まったら、また巻き巻きします
7、上手にできました!

本当にあってるかわからない・・・
親のを見てたら確かこんなんだった気がします
他の家庭とはちょいと違うとこがあるかもです

~スクランブルエッグの作り方~
1、ボウル等に卵を割r(ry
2、塩や砂糖を入れて攪h(ry
3、熱し、油を引いたフライパンに攪拌した卵を注ぎ、焦げ付かないように卵をかき混ぜます
4、ある程度固まったら
5、上手にでk(ry

こう書いてみると圧倒的にスクランブルエッグのほうが楽ですね
細かい作業が入るのは日本人が考えたものだからでしょうか・・・

さて、こう書いてみると
作り方は違うものの味付けはほとんど一緒です
うちの家庭がたまたまこうだっただけかもしれませんが、他の家庭でもこの2つにそう大きな差はでないでしょう

すると、ここである疑問が生じます
卵焼きに何か付けるというのはあまりないかもしれませんが、ファミレス等には大根おろしがつくことがあります
また、スクランブルエッグには鉄板のケチャップをかける家庭がほとんどでしょう

しかし、
卵焼きに大根おろしはかけるけど、スクランにはかけない
スクランにケチャップはかけるけど、卵焼きにはかけない
どちらも味付けにさして違いはないのに、です

かけても全然食べれる味、むしろ口に合う味になるかもしれませんが、なにか違和感を感じます
想像してください・・・
リッスン・・・
ケチャップがかかった卵焼き・・・
大根おろしが乗ったスクラン・・・
あなたは、箸をのばしますか?
俺は伸ばしません
でも食べろって言われたら食べるし、興味本位で食べるってのもありかもしれませんが
朝っぱらのだだ下がりテンションの俺はそう伸ばさないと思います

皆さんはどうでしょうか?
食えと言われれば食う、そんな人が多いでしょうが、絶対に違和感を感じるはずです
そして、その味の保障に多少の疑問を感じるでしょう
あ、「しょう」で韻踏んだ

これといって何かが言いたいわけではありません
しかし、同じ味付けにしても、それが生まれた国が違ったら調味料も変わる
そのどちらも合うんだから、つまり、料理には無限の可能性があるのはないか
そう、考えた1日でした

プロフィール

ぐりおに

Author:ぐりおに
じぇんだー:男
わーく:大学2年生なう

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