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部活 de 小説 ―Twei

こなばんわ
ぐりおにです


下の記事はすみません
ToHeart2ってゲームやってたら主人公のヘタレっプリにイライラして、ついやっちゃったんDA☆
HAHAHA!
いい子は触れないであげてね!
YOU 流しちゃいなYO!


さて、この前作品を提出してきました
よかったら読んでみてください

こちらからどうぞ PASS:gurioni


以前作ったカフェオレ小説の改訂版です
若干長くしただけなんであまり中身は変わってないかもです
よかったら感想ください
厳しい感想、批判お待ちしています!


そして明日は一つ目の作品を部活の人に読んでもらう日
ポーカーのあの話ですが、一体全体どんな質問が出てくるやら…
ブルブル震えながらぐっすり寝ます
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部活 de 小説 ―Eins

こんばんわ
ぐりおにです


がっつり更新頻度減ってますね
もっと更新したいけどリア充してて暇がないからというわけをここに置いておきます
女っ気はないんだけどね!

な、泣いてなんてないんだから・・・グスッ


というわけで!
うちの部活恒例らしい行事が行われました

何かというと、お題を引いてそのお題にあう小説を1時間30分で書きあげること

むしろこれがしたくて文芸部に入ったようなものです
今回はなんとか書き終えることができたので皆さんに批評してもらいたい
厳しい意見もどしどしください。普通に感想くれても嬉しいです。
部の人にコメントはもらったのですがみんな当たり障りのないようなものしか残してくれなかったので・・・

それでは、どうぞ!!





テーマ:時計 




 我が目を疑うとは正にこのことかと思った。
何でもないいつもの風景。しゃべる学生、走るサラリーマン、散歩する犬とその主婦。新しいと思ったこの光景も、1年も経つと何の感慨もわかないものだ。
 たった数秒前まで変哲などなかった。そう、ほんの数秒前まで。今だってそうだ。前にいる学生は隣にいる友達であろう人と笑っていて、スーツを着た30代半ばの人は汗をかき、いわゆる必死の形相。主婦のような人は犬にしゃべりかけ、犬はそれに反応して尾を立てている。いつものと変わらない景色。違うところはただ一つ。
 

   ―――目に移るすべての風景が静止しているということ。


 なんてことはない。みんなで打ち合わせて止まった、などというコントじみたことをわざわざこんな大勢でするわけないし、そもそも理由が見当たらない。ただ心の中で思っただけだった。それ自身に意味はないし、起こるわけがないと分かっていて”時間よ止まれ!”と言葉を浮かべただけ。しかし結果がこれである。人々は動くのをやめ、小鳥はいざ羽ばたかんという姿勢から動かない。待っていた桜の花びらまで空中停止する始末である。
 俺は何が起こったか全く分かっていなかった。頭が働くのを止めている。理解しようと回ってくれない。そんな状態が10秒近く続いた後、ようやく首が後ろを向いた。ついで体も自分の今見ていた景色に背を向ける。するとこちらでは別の風景が広がっていた。自転車に乗っているおばちゃんがいれば、ベビーカーを押している女性もいる。しかし、いや、やはりと言うべきか。皆が皆、石像のように固まっていた。左を見てもやはり一緒。右はというと、どこぞの高校の壁面があるだけで確認すべきものはない。ハッと思って自分を見てみる。……頭がまだうまく回っていないようだ。先ほど周囲を確認したし、体も反転した。しっかりと動いているではないか。でも状況は変わらない。奥行きが非常にある大きな絵になっている。誰も動かない。何も動かない。自分だけが動いている。意味のわからない事態に思考が追いつかず、結果自分もその風景画の一員になってしまっていた。数分間続いた完璧な風景画からようやく不正因子になった俺はとある閃きを見出していた。そう、時よ動けと念じれば回復するのではないかと。やるが早いか、ここから脱却したい一心で言葉を上空に浮かべた。


   ―――時間よ動け!―――


 そして、あっさりと日常に戻った。本当にあっさりしている。頭痛が起こるとか身体の調子が悪くなるといったことはまるでなく、学生の笑い声が聞こえ、スーツの人は走り出し、犬は元気良く吠えだした。小気味良い音を立てながら自転車は俺のすぐ隣を駆け抜けたかと思えば、後方から赤ちゃんの泣き声もしっかりと耳に届いている。あれは白昼夢だったのであろうか。ことの展開が著しいスピードで回っていくので中がごちゃごちゃのままの脳をどうすることもできず、これは夢だと思って頬をつねった。現実逃避をしないと自分が壊れてしまいそうでたまらない。こんなことが起こりえるはずがないんだ。そう、だからこれは夢……あれ、痛くない?そう思った直後、視界がぼやける。頭もすっきりし始めて、自分が目を閉じていたことに気がついた。あわてて目をあける。
 時間は止まっていた。
 いや、正確に言うなら”時計は止まっていた”。一体何が起こったのか、見るも無残な姿で7:45を差したまま地面を転がってた。近くに充電していたケータイを無理矢理引っこ抜き画面に触れる。デジタルな表示のそれは、はっきりと8:32を指していた。始業は8:45である。下からは母親の怒鳴り声が反響して耳に入ってくる。衣類を脱ぎ捨てて、制服を引っ張り出しながら思う。


   ―――時間よ止まれ!―――


しかし日常は止まることなく進み続ける。二度と時間よ止まれなんて念じるかと思いつつ、母親の罵声を背中に、”いつもの風景”に向けて俺は走り出した。






お知らせぺーじ 5/12更新


NewPC間近!と思っていたらかなり遠のきました。どういうことなの・・・
てな訳でいろいろと目処が立てられなくなってしまいました。申し訳ないです
状況が整い次第お知らせします!!

他のブログへコメントを残すこともできず、さらにはこちらのコメント返信もできていない・・・
これはひどすぎます・・・
せめて!せめてもらったコメントだけは返したい!!
というわけで、本当に申し訳ないですが、今までもらったコメントへの返信をリセットさせてください!
いやリセットというと語弊がありますが、企画という形で前のコメントを振り返るような感じになると思います
前回の記事からのコメントを生配信のような形で返したいと思ってるので、スケジュールを今週中に上げます!
いろいろとすみません!><



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何卒ご理解の方よろしくお願いします※

生きること、死ぬこと

こんばんわ
ぐりおにです



ちょっとした書き物をしたいと思います
長くなるし、主観ばかりの話になるので嫌になったらささっと立ち去ってもらって構いません
では、どうぞ



今日のニュースでこんなものを見ました

こちら

要約すると、

「自殺未遂をした息子が回復の見込みがないらしい。しかもケースがケースだから保険金のような補助資金も出ない。だから、息子を殺した」

というものです
結果、この母親には懲役3年執行猶予5年の判決が下っています
決して軽い判決ではないのです
重い、重い判決をくだされたのです


今回は「殺害」として事件が取り上げられましたが、自殺しようとしている人に自殺を促したり手伝ったりしても「自殺幇助」という罪が付くということを聞いたことがあります

これでちょっと俺は考えました
なぜ、自殺を手伝ってはいけないんでしょうか
未来を奪うから?
その人の生きるはずだった日々を間接的にでも壊すことになるから?


とある人にとても辛い日々が続いていました
それこそ、朝起きるのが嫌なくらいに
必ずやってくるそれから逃げることができない一日に恐怖するほど
だから、この苦しみから解放されたいがために自殺を考えました
自分の中で出した、一生懸命悩んだ末の答えです
しかしなかなか一人で死ぬのは難しい
だから人に死ぬのを手伝ってもらいました
これでようやく、辛い日々から開放されそうです


俺はこんな苦しみを味わたこともないからホントにこんな心境になるかはわかりません
でもないとはいえないでしょう?
悩んだ末の死
どうしてもこれを選ばなくてはいけなかったがための死
そして手を借りないとこの苦しみから抜けれない

死んだらもう可能性がない?
まだまだ幸せない未来が待っているはず?
だから死ぬのは思いとどまれ?

そう思えたらどんなに楽か
その可能性を信じることができるならば
その未来を手に入れることができる光があるのならば
思いとどまれるほどの物が自分の周りにあるのならば
どれほど救われることでしょうか

自分の中で出した答えに手助けをしてくれた人が罪を問われる
これはその友人を残していく側からしたら一体とんな心境なのでしょうか

自殺をするな、というのは生きていく答えを一つ減らしているのと同じだと思うのです
自分の未来は自分で決める
そう言うならば、その選択肢の中に自殺というのを含めてもいいと思うのです
そりゃあ周りに迷惑をかけるでしょう
そしてその決断をするにも大変な勇気がいると思います
しかし、自殺を止めるのはそういった道徳的な部分であって法律では縛るべきではないと思うんです

どうしても死にたいと言ってる人を殺す
いい方を変えれば、困っている人を助ける

みなさんはどうおもいますか?


今回のニュース、そしてAngel Beats!第3話を見てそんな考えが浮かんだぐりおにでした
まだまだ言いたいことはあったのですがうまく言葉にできないようです
文芸部で勉強してきます







お知らせぺーじ


いつとは明言しませんが、麻雀塾を開講したいと思います
とある麻雀ゲームにあるチュートリアルを読むだけですが、分からないところ・ちょっと突っ込んだ質問などに俺が答えていくという感じの生放送です
もちろん今のPCスペックじゃ到底無理なのでNew PCが来てからになりますが、良かったら見てみたい・どうでもいいなどの意見を拍手コメントなりメールフォームからなり入れてくれると嬉しいです
よろしくお願いします




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そして裁かれるとき

こんばんわ
ぐりおにです



先日、Ragさんの記事で興味深いものを見つけたので便乗させていただくとします
ちょっとマジメっぽい文章です


議題:天国と地獄は存在するのか



ばっさり言っちゃうと

天国・地獄は存在しない。見た人がいないから

見えないものを信じるには俺の人間としての器がまだまだ足りないのでそうやすやすは受け入れられません
が、そう思う一方であってほしいなと思うのもまた本当の気持ちです

昨日はこのことに関してRagさん含め何人かの人と話したのでその人の意見も交じった話になりますが、それらを総じて俺の考え付いたこととして読んでくれると助かります


天国・地獄というのは死後の世界とされています
比喩的な意味で天国や地獄が書き表されることはありますが、大半の人が最初に浮かべるのは自分たちが目覚めない眠りについた後の話のことでしょう

なぜ、そんなものを考えるようになったのか
それは死んだあとに自分がどうなるかわからないからです
死んだ人は帰ってきません
帰ってこれないということは、その後仮に何かあったとしてもそれを生きている側に伝えることはできないということ
そう、今を生きる人間に死後の世界というのは知り得ないのです

人間とは分からないことを極度に恐れる傾向にあると思ってます
例えば、現代科学で解明されていない幽霊を怖がる人はたくさんいるでしょう
当時の人にとって地震や雷もとてつもなく恐怖を与えるものだったんではないでしょうか
それと同じように、これからどうなるかわからない「死」というものは恐れの対象だったのだと思います

人はいつか死ぬ
永遠の命なんてありえません
無常観というものがはびこっていた時代、消えゆく自分の行き先を不安に思う人がたくさんいたらしいです
そこで生まれたのが、日本の宗教でした
これを読めばあなたも天国に行ける、これを信じないのであれば地獄に行くだろう。今までの悪行を悔い改める行いをすればきっとあなたも天国に行けるよ
なぜなら私は天からそういうお告げを聞いたからです。私の言うことは天の言うこと
そういう謳い文句を使い、人をどんどん集めて行ったと聞きます

天の声を聞くなんて当分信じられない話ですが、仮に聞けたとしましょう
すると次は、天にいる人物、神や仏陀、仏様などなどそういう方々がその時から今までずっと俺たちの生活を見守っているのかという話になります

が、これも信じるのは難しいもの
人間性から考えましょう
人々の諸々を赦し、その後の生活を左右することができるような人がいるでしょうか
この地を作り、無から様々なものを生み出せる人間が存在するでしょうか
やっぱり、俺はいないと考えます

と言いつつもどこかで神様に願ったり、仏壇にこまめに拝んだりする俺がいることも確かです
結局はそういうことをして自分に少しでも運が向くようにという思惑が心のどこかにあるのかもしれません
ただ自分の中でよく考えるのは「ああ、ちゃんとやっとけばよかったな。できることは何でもやっておくべきだった」という後悔を大切な時に思わないようにするために行動しているのではないかということです
元来からのネガティブシンキングなので、例えば試合中にこれらのことを思い出しちゃうとそれが心に引っかかって集中できないなんてことがままあったのです
信じている、というよりはやっておけば自分が後悔しないという一種の強迫観念めいた何かで動いてる気がしますので、やはり自分は神様等を信じてはいないのだと思います



天国や地獄・神様仏様を信じるには、現代科学でたくさんの謎が解明されすぎてしまいました
自然現象なんて神様の怒りではなく、起こるべくして起こっているものです
分からないものがなくなってしまった今では人間の心の隙間はだいぶ減ったのではないでしょうか
そこにいろいろなものを詰め込んだせいで、宗教やらがそこに漬け込むことができなくなってしまったんだと思います
結果、無神論者になってしまったというわけです
居ないことが常識となってしまった今更、それを覆して居るんだと思わせるような刺激的な何かが起きない限りこの考えは揺るがないでしょう




自分でも何言ってるかよくわからなくなってきました
ようするに信じちゃいないってことです。まる。


Ragさん、ありがとうございました!!






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子どもと大人のスキマ

こんばんわ
ぐりおにです



センター本番がついに明後日
やれることはそこそこやったつもりです
後は自分を信じることはできないから参考書信じて頑張んべ!!



そんなことは関係なく今日も今日とてブログ更新です


我らが師匠とあがめて早1年、かの脱兎さんがまたもや二番煎じで興味深い記事を描いてらっしゃいました(2010年1月11日の記事)
そしてそれを受けて我が同胞、AかBの分公さんが論じていたのでそれに乗っからせてもらいます

議題「どこからが大人なのか」

先日、脱兎さんはおめでたいことに成人式に参加されたとのこと
しかし成人式を受けたからといって必ずしも大人なのかといえるかというとそうではないのではないか
そんな疑問から立ちあがった今回のお題
ぐりおに流解釈のメスを今宵も入れさせていただきます(キリッ


ババーンと最初に俺の中で出た答えを書かせてもらいます

ずばり、

「養われる立場から養う立場になった時」


子どもというのは総じて自分より年上の者に育てられてきます
その方から様々な援助を受け、すくすくと育っていくわけです

今俺がこうして生きているのは食費や学費を親が出してくれたから
今俺がこうしPC等を使えるのはPC代やその他もろもろを出してくれたから

そのほかでもたくさんのことをしてきてもらったことでしょう
知らないところで苦労をかけているかもしれません
普段はうざったい、うるさいと思っていますがやっぱりどこかで感謝してる面もあるのです
じゃないと俺はここにとどまることなんてできません
いつかはちゃんと恩返しをしたいと思います


そんな俺のような環境の人、つまり大半のことを人に任せてもらっている状態の人は「子供」だと思います
いわば幼虫です


人はいつか家を出て、ある人は一人で部屋を借り暮らしていくことになります
今までしてきてもらったことを自分一人でしなければならなくなる
食費だって自分で稼がないといけないですし、身の回りの品も自分で集めなければいけません

そのために人は社会に出ます
社会に出て、実際にお金の流通の輪に加わるのです
人によってはお金の大切さをしみじみと感じることになるでしょう
簡単に買っていたジュースも我慢するようになり、衝動買いがぐっと減るかもしれません


そうなったら大人になる準備がほとんどできた状態です
さなぎの段階といった感じですね


そして生活が安定してくると、財産にも余裕が出てくる場合があります
お金の使い方がわかり上手なやりくりをするようになる
結果、少しずつでもお金がたまりだすかもしれません
そうした時に、少しでもと世話になった人にお金を送ることになるんじゃないでしょうか
今まで世話になりました、これからは少しずつながらもお金を返させてもらいます
そういう生き方をする人も少なくなくないと思います


また、人はいつか運命の人に出会います
一生をかけて、こいつを守ってやりたい・この人についていきたいと思うような人を見つけることになります
二人で生活するようになり、お金を稼ぐのが自分のためだけではなくなるのです

もしかすると二人の愛が新しい命を作りだすかもしれません
となると自分と妻、そして子供をも養っていかなければなくなります
いかなければなくなる、というよりそうなると言った方がいいかもしれません
子供を育てるのは義務ではなく親の権利だからです


そのような親、もしくは妻・子供を養うようになって初めて人は大人になれるんではないでしょうか
さなぎの殻を破り、成虫となって大空へと羽ばたくのです
今までの甘えがあった自分とは違う、責任ある人間へと昇華するために
そしてよりよい生活を「自分が支えることができる家族」に送ってもらうために新しい世界、今までとは違って見える価値観や社会の中で働いていくことになるんじゃないでしょうか

そういうわけで俺は、「養ってもらう立場から養う立場になった時」これが子供と大人の境界線だと思います


AかBの方でも分公さんが非常に興味深い意見を論じているので是非読んでみてください
あなたの意見の参考程度になればと思います



勉強のせいで若干まじめモードになってるぐりおにのお話でした

脱兎さん、いかがだったでしょうか?




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ぐりおにだけが読めるようになっています
何卒ご理解の方よろしくお願いします※


※拍手のコメントはぜひともボイスレスしたいところなのですがいかんせん時間がありません
時間ができ次第やっていく、それも最新記事からどんどんさかのぼるように返事をしていきたいと思っています
本当に申し訳ありません。必ず近いうちに!※

プロフィール

ぐりおに

Author:ぐりおに
じぇんだー:男
わーく:大学2年生なう

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